中学校(2)

中学校-2(社会科[ 公民的分野])

【ホームレスの人々に対する中学生の認識】

 ホームレスの人々について、中学生たちは、知らないことばかりかもしれませんが、未見のできごとであっても、現実を踏まえ、他の事象と照らし合わせ、想像して判断する力を持っています。

 ホームレスの人々の生活を見れば、路上生活を送ることは困難であると容易に理解できるでしょう。しかし、その路上生活という事実とホームレスの人々を結びつけて判断する時に、社会における偏見があさってしまうと、本人が望んだ、あるいは本人の責任だけで路上生活になったという自己責任論に基づく判断をしてしまうかもしれません。

 判断の際、照らし合わせるべき事実は、偏見ではなく、今まさに家に住んでいるという自分の生活経験です。家のある生活と路上生活を比較すれば、ホームレスの人々は路上生活を望んでいないという事実を想定することは容易なはずです。適切な参照ができれば、適切な判断力、正しい社会認識を育てることができるでしょう。

【従来の社会権教材の問題点】

 本DVD教材を社会科公民的分野において利用するには、どのような学習内容で扱うのが良いでしょうか。平等権や経済分野の社会保障で扱うことも可能ですが、社会権の時間に使用することが一番理解しやすいと考えます。

 教科書には生存権の具体的な事例として、朝日訴訟(*1)などが掲載されています。しかし、これらの事例は「日常の具体的な事例を取り上げ、日本国憲法の基本的な考え方を理解させる」(*2)には、中学生の日常とかけ離れており、不十分といえます。本DVD教材はこれを補うことができます。

 画面に映るホームレスの人々を通して学ぶことができるのは、社会保障制度によって生き直すことができる人がいること、その背景には社会権という権利が存在すること、社会権は人間の尊厳を守る権利であること、そして、人間の尊厳を守ることが人権保障であること、という私たちが生活する社会の基本的な考え方です。

【中学生に学んでほしいこと】

 DVD教材応用編に登場する川口猛さんの表情と、ホームレスの人々の表情の違いは何に起因するのでしょうか。川口さんは身振り手振りを交えて語り、冗談も言い、豊かな表情を見せています。一方、路上生活者たちは、体がこわばり、緊張しているようにも思えます。

 背景に安定した生活や住居の保障があることは間違いありません。金銭面や住居(「モノ」・物質)などによる保障を行う生活保護は、間違いなく川口さんの生きる助けになっています。川口さんの証言から学べることは、社会保障などの必要性であり、制度があればいつでも回復できるし、いきいきと生きることができる、という事実です。

 しかし、制度的保障を得るために川口さんには何が必要だったでしょうか。一人のボランティアの出会いと働きかけがなければ、路上生活のままだったかもしれません。つまり、私たちの社会で人権保障を実現するためには、社会の側からのなんらかの手助け(「コト」・行為)も必要なのです。

 うつぼ公園で「風景が違って見える」と語る川口さん。この言葉と表情から何かを学び取ってもらえたらと思っています。

【学習の流れについて】

 本学習指導案は、第1時の2にあるように、憲法第25条の生存権規定条文「健康で文化的な最低限度の生活」の意味を考えさせることを、学習活動の主軸においています。

 生存権は、生活保護法などによって制度化され、保障されています。しかし、生活保護法で保障される物質的な「モノ」だけでは、自立回復は困難です。制度をきちんと機能させるための監視の目や意見表明、不十分な点を補うサポート役の人が必要です。また、生活保護を受けたくない人に対しては、それを尊重し、積極的に関与せずかつ排除をしないということが人権保障には必要になってきます。このような行為にあたる側面を、学習指導案では「コト」と表現しました。

 DVDの映像を比較するだけで「コト」の必要性まで到達するのは難しいかもしれませんが、川口さんは逢坂先生というサポート役の人との出会いや支援があったからこそ、生活を回復できたことは容易に理解できると思います。また、生活保護を受けずに、なんとか日雇い労働で生活を支えていきたい路上生活者に対して、その場で寝させないためにポールや柵などの人口建造物をつくることは、自ら社会生活を回復しようとする自立への努力をないがしろにし、人間の尊厳を踏みにじるものです。襲撃もまた、同じことです。(応用編②-(2)をご覧ください。)

 第1時の3で見る映像からは、ホームレスの人々が、様々な理由で家族などから切り離され、低賃金労働に従事していることが分かります。しかし、これらの映像を初めて見る生徒たちは、とまどうこともあるかもしれません。4の留意点(4)に記した通り、ホームレスの人々の発言を整理し、彼らの現状や、何が彼らの社会生活回復の課題になっているのかを丹念に整理してください。2時間連続の授業ならば、次時の導入段階とつなげて行ってもかまいません。

 第2時の7・8は一体といえる学習活動です。生徒が想像する「最低限度の生活」には、携帯電話や化粧品などという大人からすると一見不要なものが出てくるかもしれません。もしかすると第1時から「コト」にあたる友達や家族の支え、意見表明などの行動の必要性を指摘する生徒もでてくると思われます。このような「モノ」や「コト」がなぜ大切なのか、どうして自分にとって大切なのか、社会やホームレスの人々にとってはどうなのか。誰に、何が、なぜ大切なのかをしっかりと検討し、見つめさせることが、人権学習の基礎になると考えます。

 新学習指導要領社会科公民的分野では、「公正」を概念として教え、考えさせることになっています。第2時、終末段階の9を、社会における公正さを考える学習活動に置き換えることも可能でしょう。

【DVD教材の留意点】

 DVD教材応用編は、①川口猛さんの人生(お話)と②子ども夜まわりの映像で構成されています。②子ども夜まわり編は、(1)子どもたちの実演、(2)野宿の人たちに出会う、(3)初めての参加者で構成されています。さらに、(2)には、夜まわりの映像と、そこで見たホームレス排除の実態が映し出されています。今回は、応用編のみを利用した学習指導案を提案するために、①と②-(2)の映像を使用していますが、②-(2)の代わりに本編を利用することも可能です。

【学習指導案】

対象

 中学校3年生

教科・領域

 社会科[公民的分野]「人権・社会権」

教材観

 中学生になると、通学路などでホームレスの人々を目にすることも多くなる。しかし、その生活実態を知る機会はほとんどない。そこで、生徒たちには、本教材DVD映像を通じて、ホームレスの人々と出会う機会を提供することとした。映像から、ホームレスの人々がおかれている状況を知り、路上生活から回復した川口さんの人生と比較することで、社会権の存在意義と具体的な働き、その課題を考えたい。

本時の目標

●ホームレスの人々の証言を聞き、ホームレスの人々の現状を知る。
● 公正な社会における「健康で文化的な最低限度の生活」に必要な「モノ」や「コト」を考える活動を通じて、社会権の意義を理解する。
●ホームレスの人々への支援やその支援活動に関心を持つ。

●本時の展開(50分×2回)
  学習内容・学習活動 留意点
1 導入
10分
1) 社会権/生存権・教育権・勤労権・労働基本権について条文を確認する (1)教科書から条文を探すなどの作業をしても良い。
展開
30分
2) 「健康で文化的な最低限度の生活」に必要な「モノ」や「コト」を考える。
【予想される回答】
家・服・金・食料・親・学校
3) 応用編②「子ども夜まわり」の一部を視聴する。(21:40)
(2)憲法第25条第1項を参照する。
(3)チャプター「野宿の人たちに出会う」以下を使用する。
  23:40~45:20の映像を使用する。
終末
10分
4) DVDを見て、印象に残ったことや感想を出し合い、疑問点などを整理する。 (4)整理のため十分な時間を確保する。
2 導入
10分
5) 印象に残ったことや感想、疑問点を発表し、ホームレスの人々が置かれている状況などについてまとめる。 (5)前時の感想を配布しても良い。
展開
35分
6) 応用編①「川口さんの人生」を視聴する。(約16:00)
7) 川口さんとホームレスの人々が違う点とその理由を考える。
8) 違う理由を意識しながら、ホームレスの人々が、「健康で文化的な最低限度の生活」を送るために必要な「モノ」や「コト」を考え、班などで議論し、発表する。【予想される回答】
寝場所・助ける人・生活保護
(6)疑問点への答えを探す作業をあわせて行っても良い。
(7)生活保護が主な違いとなるが、映像では、生活保護を受ない人も登場する。その理由を、個人的事情や社会的側面から考えたい。
(8)支援する人の存在や、寝場所に立てられたポールなどから、「コト」も意識したい。
終末
5分
9) 生活保護法など、第25条が具体化した法律にも触れ、社会権についてまとめる。 (9)制度と人が、社会をつくることを意識したい。

使用する教材・資料など(略)(*3)

【注】

(*1)朝日訴訟とは、生活保護の保護水準を巡り、争われた行政訴訟
(*2)中学校学習指導要領(2008年度版) 社会科公民的分野 3-(4)-ア。
(*3)HCネット・ホームページに掲載。